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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)5874号 判決

原告 岡田幸太郎

〈ほか二名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 築尾晃治

被告 天野金造

右被告訴訟代理人弁護士 松田奎吾

同 鈴木重文

主文

一  被告は原告岡田幸太郎、同岡田敏男に対し各金三一九万二三三七円、原告岡田八重子に対し金六〇九万二三三七円およびこれらに対する昭和五一年七月一八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告は原告らに対し各金八四八万八二五四円およびこれらに対する昭和五一年七月一八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

訴外亡岡田郁子(以下、亡郁子という。)は次の交通事故により脳挫傷、胸部打撲肋骨骨折、胸腔内臓器損傷等の傷害を受けて死亡した。

(一)  日時 昭和五〇年八月七日午前一一時二五分頃

(二)  場所 群馬県甘楽郡妙義町大字下高田一七四四の一先路上

(三)  加害車 普通乗用自動車(練馬五五む二〇五一号)

右運転者 被告

右同乗者 亡郁子

(四)  態様 前記場所を妙義山方向に向けて進行中の加害車が同所所在の伏見橋のコンクリート製親柱に衝突したもの。

二  被告の責任

被告は加害車を所有しこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  亡郁子の損害

1 逸失利益 三二二一万四七六二円

亡郁子は事故当時四九才の健康な独身女性で、東京都杉並区立杉並会館に地方公務員として勤務し事故前一年間に五一一万二一六六円の収入を得ていたものであるから、本件事故にあわなければなお六七才まで一八年間稼働し、その間右程度の収入をあげることができたはずである。そこで、右収入を基礎に生活費として収入の五〇パーセントを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡郁子の逸失利益の現価を計算すると三二二一万四七六二円となる。

2 慰藉料 四五〇万円

3 権利の承継

原告らは亡郁子の兄姉であるが、亡郁子には配偶者も子もなく、直系尊属もないので、原告らが右逸失利益請求権および慰藉料請求権を三分の一宛相続した。

(二)  原告らの損害

1 葬儀費用 六〇万円

原告らは亡郁子の葬儀を行い、その費用として七三万二八八〇円を支出したので、各二〇万円宛六〇万円の支払を求める。

2 慰藉料 二一〇万円

亡郁子は原告ら兄姉の末の妹であり、原告らの父は関東大震災前は商売を営んでいたが、震災により財産を失い、その後僅かな資金で商いを続けていたものの一家の生計を維持するには十分でなく、亡郁子が生れた頃は既に原告幸太郎が一家の生計の中心となり、昭和八年頃には父の商売はなりたたなくなっていたので、その頃からは既に就職していた原告敏男と原告幸太郎の収入のみで生活が支えられていたものであり、昭和一六年に父を亡くしてからは原告幸太郎が父親代りになって兄姉妹助け合ってきたものであり、さらに、原告八重子は自らも独身であることから事故当時亡郁子と同居していたものであり、将来においても助け合いいたわり合って生きていかなければならなかったものである。このように、原告らはいずれも亡郁子とは密接な特別の生活関係にあり、亡郁子の死亡によって受けた精神的苦痛は民法七一一条所定の近親者が受けたであろう精神的苦痛に勝るとも劣らないものがあるから、各七〇万円の慰藉料を請求する。

なお、原告らは前記のとおり亡郁子の慰藉料請求権の相続を主張するものであるが、右主張に理由がないとすれば、予備的に原告ら固有の慰藉料として各二二〇万円宛主張する。

3 弁護士費用 一〇五万円

原告らは本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、手数料として一五万円宛四五万円を支払い、報酬として二〇万円宛六〇万円を支払う旨約した。

四  損害の填補

原告らは、本件事故による前記損害について自賠責保険から一五〇〇万円の支払を受けたので、各三分の一宛充当した。

五  結び

よって、原告らは被告に対し各八四八万八二五四円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年七月一八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の認否および主張

一  認否

(一)  請求原因第一、二項は認める。

(二)  請求原因第三項のうち、原告らが亡郁子の兄姉であり、亡郁子の権利義務を三分の一宛相続したことは認めるが、その余は争う。

(三)  請求原因第四項は認める。

二  主張

(一)  亡郁子は被告の運転する加害車の好意同乗者であるから、かりに原告ら主張の損害額が認められるとしても、相当額の減額がなされるべきである。すなわち、本件事故は、被告が部長をしていた杉並区役所職員が組織する互助組合自動車部が毎夏行う長野県菅平への自動車旅行中に起きたものであり、被告は当初右旅行には他の車に同乗して行く予定であったが、当時区立杉並会館の館長をしていた被告の部下である亡郁子外二名の本件事故被害者らに頼まれ、予定を変更して自己の車に同乗させて行ったものである。

(二)  本件事故は、助手席に座っていた亡郁子が運転中の被告に対してチョコレートを食べさせようとしたので、前方に対する被告の注意が一瞬失われたため惹起されたものであり、本件事故発生については被害者である亡郁子にも過失がある。

(三)  杉並区に勤務する地方公務員については、定年制は実施されていないが、昭和五四年度以降は六〇才以上の者は退職勧しょうの対象から除外し、昇給停止、在職期間の退職手当算出基礎への不算入等の高令者退職促進措置がとられることになっており、杉並区の職員の勤務年限は原則として六〇才までとみるのが妥当であるから、亡郁子の逸失利益もこれを前提として算定されるべきである。

(四)  被告は原告らに対し、自賠責保険から一五〇〇万一〇六〇円を支払ったほか慰藉料の一部等として四〇万円を支払っており、合計一五四〇万一〇六〇円の弁済をしている。

第四被告の主張に対する原告の認否

一  被告の主張(一)ないし(三)は争い、(四)は認める。

第五証拠《省略》

理由

一  事故の発生および被告の責任

請求原因第一、二項は当事者間に争いがない。

二  損害

(一)  亡郁子の逸失利益

《証拠省略》を総合すると、亡郁子は、本件事故当時四九才の健康な独身女性で、東京都杉並区立杉並会館に地方公務員として勤務し、事故前一年間である昭和四九年八月から昭和五〇年七月までの間に五一一万二一一六円の収入を得ていたこと、現在地方公務員に対しては定年制は実施されていないので、東京都内の区役所に勤務する職員中には六〇才をこえる者がかなりおり、杉並区もその例外ではないが、杉並区においては高年令者の退職を促進するため勧しょう退職者に対しては退職手当の割増給付を行う旨定め、昭和五四年までの経過措置をおいたうえ満六〇才をこえる者は勧しょう退職の対象から除外し、満六〇才をこえると昇給を停止し、その後の在職期間は退職手当算出基礎に算入しないこととするなどの高令者退職促進措置をとっていることが認められる。

右認定事実によると、亡郁子は本件事故にあわなければなお六七才まで一八年稼働可能であったと推認されるが、その間の収入については、六〇才までの一一年間は杉並区に勤務して前記程度の収入をあげることができたはずであると推認し得るが、六〇才をこえると同区への勤務を継続することは次第に困難になり、途中で退職して稼働を止めるか他に転職を余儀なくされることも予想されるので、六〇才以降の収入は平均して前記収入の六〇パーセント程度と推認するのが相当である。そこで、右収入を基礎に生活費として収入の五〇パーセントを控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して亡郁子の逸失利益の現価を計算すると別紙逸失利益計算表記載のとおり二六四二万〇〇七九円(円未満切捨、以下同じ)となる。

(二)  権利の承継

原告らが亡郁子の兄姉であり、亡郁子の権利義務を三分の一宛相続したことは当事者間に争いがなく、右事実によると原告らは亡郁子の右逸失利益請求権を八八〇万六六九三円宛相続したものと認められる。

(三)  慰藉料 三〇〇万円

被害者の死亡による近親者固有の慰藉料については、その者が民法七一一条所定の近親者以外の者である場合は、被害者との間に同条所定の者と実質的に同視し得べき身分関係があった場合に限って認められるものと解すべきところ、原告八重子が亡郁子の姉であることは前記のとおりであり、《証拠省略》を総合すると、原告八重子は幼時から本件事故当時まで引き続き亡郁子と同居して生活してきたものであり、自らも亡郁子同様独身であるので将来も亡郁子と同居し助け合いいたわり合って老後を過すつもりであったが、本件事故によって突然亡郁子を失い老後を一人で過さなければならなくなったものであることが認められ、右事実によると、原告八重子は亡郁子との間に民法七一一条所定の近親者と同視し得べき身分関係が存し、亡郁子の死亡によって深甚な精神的苦痛を蒙ったものと認められるから、同原告に対しては慰藉料請求権を肯定するのが相当であり、同原告と亡郁子との以上のような関係および後記認定の亡郁子が加害車に同乗するに至った事情、その他本件に顕れた諸般の事情(ただし、亡郁子の過失の点は除く。)を斟酌すると、右慰藉料の額は三〇〇万円をもって相当と認める。

しかしながら、原告幸太郎および原告敏男については、前掲証拠によると、大正一四年一一月五日生れの亡郁子よりも原告幸太郎は一八才、原告敏男は一五才年長で、原告らの父春吉が元来は商業を営んでいたのであるけれども、関東大震災で資産を失ってからは細々と商売を続けている程度であったので、原告幸太郎、同敏男は早くから就職してその収入が家計の重要な部分を占め、後には右兄弟の収入のみによって生計が維持されるようにもなったので、実質的には亡郁子が右兄弟に養育されていたという状況にあったことがあり、昭和一六年二月に右春吉が死亡した後は原告幸太郎が家督を相続して亡郁子が成人するまでは父親代りとして同人の面倒をみてきたこと、しかし、原告幸太郎は昭和一二年、原告敏男は昭和一六年一二月に結婚してそれぞれ自己の妻子を養育する立場にあったものであり、亡郁子も春吉の死亡前である数え年一六才位の頃から就職し、原告八重子も右以前から働いて、それぞれの収入を家計に入れて共同生活をしていたものであるから、亡郁子が一方的に庇護を受け続けてきたものではなく、しかも、原告敏男は勤務先の関係で昭和一二年頃から別居して各地を転々としており、昭和三二年頃には原告らの母ヤスと原告八重子および亡郁子の三人が原告幸太郎およびその妻子と別居して生活するようになり、以後右ヤスが死亡した昭和四〇年までは右三名が、その後は前記のとおり原告八重子と亡郁子の二人が同居して原告幸太郎とは別世帯を構成して生活していたものであることが認められ、右事実によると、原告敏男についてはともかく、原告幸太郎については、亡郁子との間に普通の兄妹よりも親密な関係があったといえなくもないが、右程度では原告敏男はもちろん原告幸太郎についても亡郁子との間に民法七一一条所定の近親者と同視し得べき身分関係があったと認めるに足りないので、右原告らの固有の慰藉料請求は理由がないといわなければならない。

なお、原告らは亡郁子本人の死亡による慰藉料請求権の相続を主張しているが、慰藉料請求権は一身専属権であって、一身専属性を失ったとみるべき特段の事情のないかぎり相続性を否定すべきものと解するから、原告らの右主張も理由がない。

(四)  葬儀費 五〇万円

《証拠省略》によると、原告らは亡郁子の葬儀をとり行い、その費用として七〇万円以上を支出をしたことが認められるが、亡郁子の年令、社会的地位等に鑑みるとそのうち五〇万円(原告らに対しその三分の一である各一六万六六六六円宛)を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

三  過失相殺

《証拠省略》を総合すると、本件事故現場は富岡市方面から妙義山方向に向って右にゆるやかにわん曲し道路左側にはガードレールが設置されている幅員六・六メートル、上下二車線のアスファルト舗装道路上で、右道路に続く高田川に架設された伏見橋の橋りょう部分は幅六・一メートルで道路部分よりやや狭くなっているが、見とおしは良好で右のような道路状況は事故現場の一〇〇メートル以上手前から確認可能であり、事故当時加害車の前方を同方向に進行している車があったが、対向車はなかったこと、および、被告は加害車を運転し助手席に亡郁子、後部席に二名計三名の同乗者を乗せて右道路を富岡市方面から妙義山方向に向い時速約五〇キロメートルで進行中、前記伏見橋の七〇ないし八〇メートル手前に差しかかったとき、道路がゆるやかに右にわん曲し橋りょう部分の幅が狭くなって橋の親柱が道路左側よりやや突き出していることに気がついたが、対向車のあり得ることを予想して道路の左端寄りを進行して右伏見橋の手前五ないし一〇メートル位の地点に差しかかったとき、亡郁子がこれまでにも運転中何回も菓子をすすめたり話しかけたりしてわずらわしく思っていたのに今度は口もとに菓子を差し出してきたので、運転の邪魔になると思って一瞬平静さを失ってこれを振り払い、その際に前方に対する注意を欠き、かつハンドル操作を誤って加害車を左斜め前方に暴走させ前記伏見橋のコンクリート製親柱に衝突させたものであることが認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によると、亡郁子が運転中の被告に菓子を差し出したことも本件事故発生の一因となっており、自動車の走行中は運転者の運転に対する注意の集中の妨げとなるような行為は同乗者としても慎しむべきことであるから、本件事故発生については亡郁子にも過失があり、損害賠償額を定めるに当っては右過失を斟酌すべきであるが、被告は道路のわん曲に対応して加害車のハンドルを右に切っていたはずであるから、亡郁子が差し出した手を振り払った程度では加害車の進路が左に大きくはずれて暴走するようなことはないと思われるのに、前示のように加害車は伏見橋の直前から同橋の親柱に向って暴走していることからすると、被告が平静さを失って異常なハンドル操作をしたものと考えられるので、被告の過失の程度は大きいといわざるを得ず、右被告の過失および事故態様を考慮すると、前認定の損害額から一〇パーセントを減じた額をもって被告に賠償を求め得べき額とするのが相当である。

四  好意同乗の主張について

《証拠省略》によると、本件事故は被告が部長をしている杉並区役所職員互助組合自動車部主催による杉並区立菅平学園でのレクリエーションに行く途中で起きたものであり、右レクリエーションは同自動車部が部員だけではなく杉並区役所の一般の職員にも参加を呼びかけて参加者を募り、職員の家族の参加も認めているものであって、参加者らは大人三〇〇〇円、小供二〇〇〇円の参加料を徴収されていること、右レクリエーションに参加を希望する者で自動車のない者はあらかじめ同乗させてもらう車を決めて申し込むことが多いが、自動車部としては申込みがあれば可能なかぎり同乗できる車を世話して参加を認めており、この場合も自動車の提供者に対しては右参加料から燃料代等が支給されることはなく、同乗は原則として無償であること、および、亡郁子は右レクリエーションに参加するに際し、被告が杉並会館の館長をしており、上司部下の関係にあったことから、被告車への同乗を希望して同乗するようになったものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、亡郁子は加害車に好意(無償)で同乗したことになるが、右のような単純な無償同乗についてまで損害の各費目にわたって一定割合の減額をすべきものと解すべきではなく、また、右事実のもとでは無償同乗の事実を慰藉料を定める際に斟酌すれば足り、損害の各費目にわたって一定割合の減額をしなければ公平の観念に反するとも考えられないから、被告の好意同乗による減額の主張は採用しない。

五  損害の填補

原告らが自賠責保険および被告から合計一五四〇万一〇六〇円の支払を受けていることは当事者間に争いがないから、原告らの前示損害賠償請求権に対しその三分の一である五一三万三六八六円宛を充当すべきである。

六  弁護士費用

弁論の全趣旨によると原告らが本訴を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用および報酬を支払い、または支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、本件事故による損害として被告に賠償を求め得る弁護士費用の額は原告幸太郎、同敏男に対し各二五万円、原告八重子に対し四五万円と認めるのが相当である。

七  結論

そうすると、原告らの本訴請求は被告に対し原告幸太郎、同敏男が各三一九万二三三七円、原告八重子が六〇九万二三三七円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年七月一八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

〈以下省略〉

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